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PDCAと熟慮しつつ進むことは違う。

-白梅学園大学大学院・特任教授無藤隆先生のFace Book拾い読み

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PDCAと熟慮しつつ進むことは違う。

(要領・指針などではPDCAと呼んだり、時に実践と評価とか呼んだりしているが。)
PDCAとは(いろいろに言い換えたりするが)つまりは目標が一義的でできれば簡単な数値になることにより達成を図り、その数値的成果が改善するように工夫し、そして再び、数値チェックと改善というサイクルをくり返しつつ、パフォーマンスを向上させることである。

教育や保育でどの程度うまく機能するかはたくさんの批判がある。何より単一の目標ということはなく、またしばしばその数値となる指標は根ざすところからかなりかけ離れ、しかもいくつも考えられる。目標を達成できたかどうかが曖昧になりやすい。それどころか特定の指標だけ取り出し改善を目指すと、全体のパフォーマンスが阻害されることが後で分かったりする。
といって、目標やそのチェックなしだと野放図になり、ダメなものもよくやっているものもともに同じような処遇を与え、守旧的な組織となり、陳腐化して、良きパフォーマンスを行う人を駆逐しかねない。

そういうことは「測りすぎ」として批判されてもいる。PDCAを様々に言い換え、例えば、Doから入るとか、指標を複数化するとか、いろいろな提案があるようだ。

私は実践に即して言えば、PDCAとかではなく、もっとある意味で簡単に、熟慮した実践、というものなのであろう。つまり、(保育・教育の)実践をする→その姿を思い起こす→改めて受け止め感じ見直し構想する→実践をする・・・・・・というサイクルである。それは簡単に言えば、やりながら、また一休みして振り返りつつ考え直して、次を始める、ということである。そのことを「熟慮した実践(練習)deliberate practice」と称することがある(エキスパート研究で)。

園の目標レベルのことはPDCAと呼んでやったら良いが、日頃の保育を振り返り修正し改善していく営みはそういうフォーマルな構造というより、熟慮しつつ実践すること、くらいでよいのではないだろうか。