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超時間的授業・保育実践の見方

-白梅学園大学大学院・特任教授無藤隆先生のFace Book拾い読み

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超時間的授業・保育実践の見方

(「授業研究」新曜社、を読んでいて、丁寧な議論が細かく展開されていて面白いが、なかなか進みませんが。で、いくつか思ったことの一つ。)

あまり出てこない気がしますが。授業や保育を多面的に見るというときに、そのいくつもある(それが上記の本で分かる)中の一つでたぶん私以外の人間が触れていることはあまり知らないことに、乳児から大人までの学びを関連付け対比する見方があります。もちろん接続のところで、幼児教育と小学校教育の対比と関連漬けという議論は最近増えました。また乳児の学びを例に出して、中高生や大人の学びが自発的なものでありうると論じることもありそうですが。

私の視点(の一つ)はそういうことにつながるわけですが。もっといくつもの時期で考え、また具体的な教材に即して考えていきます。(「現場と学問のふれあうところ」で少し書いたことがある。)

積み木遊びをしている。それは4・5歳児の場合と、1・2歳児の場合とどうつながり、どう違うのか。それは小学生の造形活動とどうつながるのか、さらに中高生さらに大人のアートとどう異なりつながるのか。言葉の教育はどうか。数量への関わりはどうか。
これはいわゆる発達段階での変化というのに支えられていることですが、それに止まらず、もっと具体的に、教材等への関わりのあり方とその指導のポイントにつながることです。

要するに、難しく言わなくても、私の場合、一つの場面を見ても、その小さい子ども版、小学生とか中高生とか大人とか、の姿が自ずとイメージされて考えると言うことです。だから、私の発言は時に難しいというより訳が分からないといったことになりますが。でも、資質・能力から考えるというのはそういうことなのですが。

何度でも言いますが、これは発達段階のことではないです。もっと具体的な様々な年代での多様な姿で場面差・個人差を多く含み込んでのことです。そして何より、私の発達への見方は(生得的要因の上で)文化と教育と絡み合い切り離せないということと、それが多層的になっていくことですし(幼いときの学びの仕方は底辺としてずっとあり続け、同時にもっと高度な学びの仕方を身に付けていく)。