>  > 子どもの姿を語ること、保育者が得意を持つこと:いくつかのコメント。

サービス二ュースService News

一覧へ戻る

子どもの姿を語ること、保育者が得意を持つこと:いくつかのコメント。

-白梅学園大学大学院・特任教授無藤隆先生のFace Book拾い読み

画像1

子どもの姿を語ること、保育者が得意を持つこと:いくつかのコメント。

1)子どもの姿を折に触れて立ち話でも語り合う関係が園にあることが始まりだ。それを時間を取って一定時間やろうとすれば園内の研究会や振り返りの時間になる。
そこの振り返りを具体的で特定的できめ細かいものにしていく。そこに映像が簡単に使える今の特徴がある。
そこを子ども一人一人を追っていくところにまで進めることが今の課題だろう。

2)保育者の一人一人が得意なこと・好きなこと・独自の視点を持ち込んだらよい。
ただし、それをどうやって子どもに取って意味あることにしていくか。そこに保育者としての専門性がある。子どもがどう気付き、試し、工夫し、作り出すのか。そこにどう入れ込むか。

3)環境での出会いをいかに用意するか。
出会いとはたまたま起こることであるが、同時に保育者が仕掛けていることである。ただその仕掛けは必ずそうなると予期はできない。
年長の子どもや大人たちのすることを見ることがいつかやってみたいという憧れを作り出す。
保育者が導入した技やスキルが思いがけず、それを超えた工夫や発想を引き出すようにする。
それらから、子どもは様々なことを試すだろう。その試行錯誤を安心してできる自分の時間と場所が用意されるのである。うまくいくあるいは面白くなる、そうするとくり返して確かめるだろう。それは実験の始まりだ。
子どもが試すことはしばしば不正確でいい加減で揺らぎが大きい。だからこそ時にうまくいかず、また時に思いも掛けない面白いことを生み出すのだ。正確に手本通りに行動することではなく、揺らぎが大きいところで、発想と創造の豊かさを経験することができる。

4)子どもと保育者の学びのあり方に微妙に似たところがある。
その面白がるところ。そこから始める。同時に、それをどう保育という場で活かすか。自分が楽しく、同時に相手を巻き込めること。