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幼児の数理解を解説した理由。

-白梅学園大学大学院・特任教授無藤隆先生のFace Book拾い読み

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幼児の数理解を解説した理由。

乳幼児期(乳児から始まる)の数に関わる発達(と生活全般および幼児教育)は著しいものがあるのは、たくさんの研究があります(日本ではすくないが)。それはピアジェ以来分かっていて、ただ、具体的な実証ではピアジェの知見の多くは大幅に修正されていますが。
つまりそれは乳幼児期の発達と教育で数理解は1つの重要な領域を構成しているということです。小学校算数(つまりは筆算)はその成果の上に成り立つことであり、小学校からいきなり数の理解や操作が始まるわけではない。ただ、筆算なるものは、極めて文化的に特殊なスキルなので、独自の教授が不可欠になるのですね。だって、日本で広がってまだ150年くらいだ。
私がもどかしく思うのは、そういう領域を学んで生きて(少しは研究をして)とりわけピアジェから発達心理学に入った人間にとって、数量領域は子どもの生得性に基づきながら文化との相互作用があり、実際、子どもは数に多大な興味を持っているのに、それを広い意味での指導をすることがあたかも小学校の筆算という狭い(でも大事な)教授の準備に過ぎないという扱いをされやすいことです。数・量という領域を発見するというのは子どもの活動の偉大な達成であり、その背景に人類の20万年くらいの進化があるわけですからね。多少の得意・不得意以前にそこにどうして皆、感動しないのかな。
数は猛烈にパワフルな活動なのですね。何でも数えようと思えば数えられるのですよ。離散的なものは大きさを問わず可能だし(という発見)、連続的なものも適宜区切れば数えられる(という発見)。子どもは多くのことに無力ですが、そして幼児は少しずつ無力さを感じ始めますが、数はそうではない。数えることの喜び!
もちろん、言葉を使うようになるということの方が人類の根本に関わるとも言えますが、でも、数量なしの人類の文化はあり得ない。それがフォーマルな学校教育以前に基盤ができるわけですよ。そして多少の早い遅いはあるものの大部分の子どもは筆算という相当に奇妙な文化的発明になじんでいくのですよ。
子どもはすごい、というのならそこにぜひ数量の発見を入れてほしいです。数量を小学校教師に任せきりにしないでほしい。

たしか、ピアジェかその弟子かが書いていたが(思い出すのはダックワースですが)、首飾りのビーズを数えている幼児が左回りでも右回りでも同じ数だというのを見つけて、興奮しているエピソードを引用していましたが。私も似たようなことを見たことがある。

(これは書いたことがあるが)運動会の玉入れで、歴然と赤と白の入った球の量が違うのに、1つずつ数えながら、片方が終わりかけ、でも、息をのんでずっと見つめているという光景に面白さと感動を覚えませんかね。私だけか