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子どもの協同性とは・・・

-白梅学園大学大学院・特任教授無藤隆先生のFace Book拾い読み

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子どもの協同性とは。

(共同、協同、協働と使い分ける向きもあるが、私はあまり無理に分けないので、ここでは、協同。)
協同とは、イヤな相手であろうとそういうパーソナルな気持ちは置いておいて、目的のために協力して、その目的を可能にしていくこと、と定義めいたことを書いたことがあるが。言い換えれば、仲良し関係と協同関係を分けるということである。実際にはそれらは入り交じるとしても。
そうすると、構成要素は、
・自分、
・相手、
・目的、
・手段、
・構成していくやりとり、
などからなるのだが、もう一つ、
・時間、
・空間(場)、
・もの、
を入れる方が良い。
特に小さな子どもの場合、協同するグループ自体の参加も出入りがありうるし、目的も曖昧であったり、何段階を経て、具体化していったりする。そのための手立ても(保育者・教師の助言の下で)様々に模索する。そこでの一緒にやる活動や分担する活動もどう決め、実施するか。さらに、様々な行き違いや衝突があり、それを調整するコミュニケーションが重要となる。
逆に言えば、そういうことを学ぶ活動となるということなのである。
その際、何週間か掛かるとして、それを日々どの程度行うか、どうやって決めるか、時間的計画を立てるのか、やってきたことを振り返るか。その際の段取りや経緯をどう表現するか。
ものを使うことが多い。劇なら大道具・小道具、造形的活動(お化け屋敷作りとか)だと、その部品みたいなものである。さらに台本を作っていきつつ、表記することがある。
何かを調べることもあり、そのための図鑑とか実地の見学とか。劇なら元の絵本とか。
そういうものを置き場所があるか。練習する場所はどうか。途中段階を他者に(クラスの他のメンバーや大人)見せて、直す機会があるか。振り返りや構想を行う際のメンバーや対話のあり方はどうか。

英語圏のプロジェクト活動の本などにそういった整理はあるかもしれない。今、読み直す暇がないが。漠然とした記憶では、上の論議にあるようなemergent(創出的)な見方が弱い気がするのだが。
レッジョのプロジェクトはどう位置づくのだろうか。
完成された形以前の(例えば、短い時間で成り立つような)芽生え的なプロジェクト風の活動はどうとらえていったら良いのか。